「「若いのに」偉い、すごい、かわいい とか褒められて満足するな。若いを理由に褒められていると若いとは言われにくくなる30代からは通用しなくなるよ」
雨女の師匠のありがたいお言葉
ファーストキャリアは小さなオフィス
21歳で小さなベンチャー企業の小さなオフィスで私が最も尊敬している当時の上司(以下、師匠)に言われた言葉です。
リーマンショックが起こって、日本も不況になり、当時の新卒採用は「説明会とりやめ」「内定取り消し」が多発していました。
また、3.11という悲しい災害もおこり、かなりハードな就活時代を過ごした中で、私はあえての誰も知らないようなITベンチャー企業に入りました。
親からも大学の友人からも「なんで?」と聞かれて説明を試みるも「そこまでする必要ある?」と理解を得ることはできず、「なんだかなー」と思いながらもどうしても私はこのベンチャー企業で働きたかった。
ITベンチャー企業に新卒で入社した理由
理由1 自立願望「私、18になったら家を出る!」
私はとにかく「自立願望」が高い人間です。
ここに書くには長くなるので割愛しますが間違いなく生い立ちが影響しています。
10歳の頃から「18歳になったら家を出て働いて自立する!結婚はしない!」と豪語していたという、今考えるとだいぶとんがった(それこそジャックナイフのような・・・)女の子でした。
これまたこの投稿に書くには長すぎるうえに本題がずれるので割愛しますが、自立のために高卒で働く気満々だった私が4年制の大学に行くことを選び、就職活動をする中でも「自分で一生食べていける仕事に就きたい」という自立願望が猛烈にありました。
この「自立願望」を突き詰めると、経済の動向や自然災害に見舞われた就活生の1人だった私は「先行き不透明な世の中だ」と強く感じているのに「1つの企業で食べていく」のは無理だ。と悟りました。
そこで、「自分で稼いでいける、社会に通用する経験ができる会社」に入社することが「自立」への最短経路考えを変えたことが理由の1つです。
理由2 大人の助言「20代の助走で30代の飛距離は変わる」
大学に行くと、変なひとがいっぱいいました。(変な人は私の中で褒め言葉)
それまでの人生で出会ったことのないような頭の良い人、経験をした人がたくさん蠢いていました。田舎道1本しかないような大阪の片田舎で育った私には刺激的な出会いがたくさんあってわくわくの日々。
そんな変な人の中でも私がお世話になった非常勤講師の先生は物書きで生計を立てていました。もともとは大手新聞社のエース記者でしたが「書きたいものを書いて食べていきたい」とだいぶ傾いたおじさまで私は大好きでした。
「先生、好きなことをやって食べていくのはそんな簡単ちゃうやろ?どうすれば先生みたいになれるん?」
とまだ20代にもなってない私が不躾に聞くと
「それはねぇ、20代でとにかく色んな経験をすることや。仕事も遊びも恋愛もとにかく色んな経験をして「好き」を仕事にしていけるような30代、40代につながっていくよ。走り幅跳びでいうと20代の助走でどんだけ30代から飛べるかが変わるんや。」
だいぶ酔っ払ってた先生がキラキラして教えてくれたこの言葉が私の就職活動の指針の1つになりました。
理由3 自己肯定感「普通であることはそんなにエライんか?」
私は前段にも書いた生い立ちがそれなりにドラマティックだったこともあり、「自己肯定感」がかなり陥没していました。
自分で自分を認めてあげられない。そのカルマに10代20代でのた打ち回るような苦しみを何度も感じました。(今考えると中二病か?と思うような言動も多々・・・苦笑)
子供が生まれて、仕事も成果すこしは出せるようになって、周りの人にも肯定され、自分なりにいろいろな工夫をすることで陥没した自己肯定感もだいぶましにはなりましたけどね。(これもまたいつかかけたらいいな。)
そんなわけで「自分の自立のため」だけが理由ではきっと私はやっていけないな。ということもどこかでわかっていました。
ではなんのためならやっていけるの?
そんなことを考えている時に浮かんだのは「親友たち」の顔でした。
私は小中学校と基本的に女子にハブられていたので友達と呼べるひとは小中学校で1人もできませんでした。(ぼっちがすぎる)
高校は心機一転、田舎をでて大阪の市立高校に通うことにしたのが私の人生でもナイスな選択肢で、そこで親友たちと出会ったのです。
ただ、彼女たちはそれぞれ家庭の事情や性的嗜好、生い立ちなど様々な部分で世間でいうところの「女子高生」からは外れていました。私はそんなところも含めて彼女たちの1部なのでなんとも思わなかったのですが本人たちは気にしていたり、その「違い」によって苦しんでいることが幾度もありました。
「違ったって別にええやん。普通であることはそんなにエライんか?この子たちがなんか迷惑かけたんか?」
根が田舎のヤンキーみたいなところがあるので自分の大事な親友たちが他人の目や世間の価値観との違いに苦しんでいる現実に無性に腹が立ったのです。
その怒りはその後、私に大学進学を決意させたのですが、就職活動においても大きな指針になりました。
彼女たちのように「他と違うことで苦しんでいる」「理不尽なことで苦しんでいる」人の役に立つような仕事がしたい。
その考えに沿ったのが冒頭のIT企業を選んだ3つ目の理由です。
そして冒頭に戻る「女は30歳からが本番や!」
そんなこんなで3つの理由で書いたことをふまえて、自分なりにリサーチしてたどり着いたのがくだんのITベンチャー企業でした。
そこで私のマネジメントについてくれた上司が本当にできた人間で私はもう独立してしまって同じ会社にいない彼を今も最も尊敬しています。
そんな彼に褒められたい、という邪な思いもありつつ社会に通用する経験をするべく、がむしゃらに働いてそれなりに社内・外で評価されるようになった時に調子に乗っていた私を見かねたのか、上司が
「若いのに偉い、若いのにすごい、若くてかわいい とか褒められて満足するな。若いを理由に褒められていると若いとは言われにくくなる30代からは通用しなくなるよ」
と一言。
がつんと頭を殴られたような感覚でした。
確かに私がもらった言葉のほとんどが「若いのにすごいね」「まだ新卒なのにこんなことも任されているの?」「女性なのにベンチャー企業の新卒ってすごいね」「若くてお肌がぴちぴちね!」など何かしらの枕詞がついている称賛でした。
じゃあ私が新卒3年目の25歳になったら?27歳になったら?30歳になったら?
今のように評価されるような仕事ができるんだろうか?容姿を褒められるんだろうか?
ぞっとしました。
その経験が私の中で
「よし、30歳になっても仕事もできて容姿も今より綺麗になってる女を目指そう。若さがなくても認められる社会人になろう。」
と決意させ
「30歳からが女の本番!」
に行き着いたのです。
まとめ(この話のtipsぽいもの)
このまま終わるとただの私の振り返りなのであえて抽象化。(無理やりにでも!)
- 人生の岐路において選択するための1つの指針を決める
- 指針があることで、自分の考えが浮き彫りになる
- 指針をきめることでそこに向けての計画がなんとなく立つ
- 指針は後で変えてももちろんOK
- あとで悩んだ時に指針に立ち返ることで後の苦難も乗り越えられる
これは結婚や出産、住まいやお金、いろんなことに言えることで、なにか1つ価値観軸を持つと判断もしやすいし、後で苦しくなってもまた指針に立ち返って進んだり、指針を変えることで状況が改善するはず。
今回はこのブログのタイトルのエピソードを紹介しましたが、ブログのタイトルにするくらい自分の指針になっていたことなのでなにか1つの言葉や考え方だけでもあなたのお役に立つことができれば幸いです。




